くわうほう

使ひます

また性懲りもなく誤字の話

小説を讀んでゐて、誤字を見つけることはよくある。そのとき、ああ、誤字があるなあ、覺えておくか、と思ふ。そして、讀み進める。
だから、思つたはいいものの、すぐ忘れてしまふ。誤字があつたこと自體は覺えてゐるのだけれど、肝腎の、「どこ」にあつたか、を忘れてしまふ。これが、ひどくもどかしいのである。再確認しようにも、どうしようもない。で、再讀しても、なかなか見つからない。
對して、ウェブサイト上で發見した場合。時々、このブログでも、誤字があつたのを知らせることがあるけれども、その場合、どこにあつたか覺えてゐるうちに、すぐに報告することを心がけてゐる。
で、今回、闇黒日記を讀んでゐて誤字を見つけたものの、怠つてすぐにブログに書かなかつたために、どこにあつたか忘れてしまつた。いつの日付の記事かも分らない。現在ではあまり使はれない、用言の連體形に直接「は」をつける、「こと」もしくは「の」の脱字だつたと思ふ(違つたかもしれん)。脱字だとさらに困るのは、文字檢索ができないことで、もどかしいことこの上ない。再讀しても見つからなんだ。それとも、もう直されてゐるのなら、いいのだけれど。